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『独裁者との交渉術』明石康/インタビュー・解説 木村元彦


日本初の国連職員、明石康氏のインタビューをまとめた本を
読みました。


ここで断っておきますが、
私は外交や国際関係についてあまり勉強をしたことがなく、
知識も何もないので、「浅い」感想文しか書けません…。
しかし、勉強になった点もたくさんあるので、
現時点の自分の感じたこと、考えたことを、
5つのテーマに分けて記録したいと思います。



1.Neutral and Fair

私がこの本を読み始めて感じた、第一印象。それは・・・

「明石さんって、国連の職員というよりは、
赤十字の職員なんじゃないの!?」


というもの。


というのは、かねてから私が抱いている国連のイメージとは、

「大国が自分の都合の良いように国際紛争を利用する機関」
あるいは、
「欧米諸国、古い言い方すると列強諸国が牛耳っていて、
ほとんどNATOと同じ」
というもの。

本書の15ページで、明石さん自身も述べているが、
“安保理でいろいろなことを決めるのは、大国にとって都合がいいので、
彼らはともするとすぐ安保理に審議を移してしまう。
かといって、安保理で常任理事国のどれかが反対すると、
安保理が機能停止になってしまうので、
国連総会に問題を移して決定してもらうことが有効な場合もあるのです。
 過去、アメリカはその時々の都合で、議事を安保理に移したり
総会に移したりしています。ソ連もフランスもイギリスもそうです。”



ところが、明石さんがカンボジアやユーゴスラビアでの
民族紛争に取り組んできた、様々なエピソードを読むと、
彼が徹底して「中立」そして「公平さ」を貫こうとしてきたことが分かる。
自分の利益のために、紛争中のどちらかに肩入れするということをしない。

ほとんど、「中立」をモットーとする「赤十字」の立場のようだ。


私は学生時代、赤十字で同時通訳のボランティアをしたことがあり、
赤十字の「中立」の理念を、それこそ耳にタコができるほど聞かされたのだが、
本来、国連という機関こそ、この「中立」という立場を守るべきなのだと
改めて思い知らされた。


カンボジアやユーゴスラビアの民族紛争を考える際、
これらの国は日本との利害関係をあまり持たない、と言えると思う。
宗教も歴史も全く違う。
私自身、カンボジアやユーゴスラビアのことを、ほとんど知らない…。


しかし、「赤の他人」同然の日本だからこそ、
これらの国で紛争の仲介役が務まるのではないだろうか。


2.平和

本書29ページより引用する。

“私は、タンザニアの元大統領ニエレレが話してくれたことを
忘れられません。彼はこう言っていました。欧米人はよく
平和、平和と言う。けれども、平和と言うことは、ともすると
現状維持、既得権を認めることにつながりかねない。
アフリカの人間としては、そのような不公正な現実を
認めるわけにはいかない。つまり、正義が貫かれている
平和でなければ本物ではないし、永続しないということです。”



平和は良いことだ。私達は戦争のない良い時代に生まれてきたと思う。
しかし、だとしたら、なぜ
「現代の日本人は平和ボケしている」
という表現が成立するのだろうか?

本来、平和とは理想的な状況のはずなのに、
なぜ「平和ボケ」などと、あたかも平和を悪いことのように
表現することがあるのだろう。

私はこの「平和ボケ」という言葉の存在自体が
「おかしい」と子供の頃から感じてきた。

その違和感を、明石さんが言い当ててくれた気がする。



3.「良い発言者とは」

“このごろの日本人は、国際的なプレゼンスが弱いから、
もっと発言力を高めるべきだと異口同音に言います。
けれども、相手が何を考え何を心配し何を夢見ているのかを
無視して、一方的にこちらの思いだけをぶちまけたって、
素直に聞き入れられるはずもありません。
日本人は一般的にいって、確かに発言力が弱いけれども、
まずは鋭敏なアンテナを張り巡らして、世界の人々や政府が
何を考えているのかを把握し、相手が聞きたいことを
きちんと答えられるようになれば、相手も一生懸命
こちらに耳を傾けてくれるのです。国内での議論は、発信力と
受信力の関係性について誤解している節があるように思われます。”
(本書141ページ)




“よき説得者やよき発言者になるためには、
よき聞き手になるべきです。”
(本書218ページ)



欧米の友人と話していると、彼らは小学生時代、先生から

「間違ってもいいから、自分の意見を言いなさい」

と、よく言われたようだ。

一方、私達日本人が、小学生時代に先生から言われることは、

「人の話をよく聞きなさい」

という一言なのではないだろうか。




明石さんは、「良き聞き手になりなさい」とおっしゃる。
それは正しいアドバイスだと思う。
しかし、私はやはり、日本人はもう少し
人前で自分の意見を言う練習、
プレゼンテーションの練習をした方が良いと思う。
が、逆にいえば、
「国際社会に出ると、人の意見を聴かず、自分の主張だけを
貫き通す人がどれだけ多いか、日本人がどれだけ弱いか」
という現状が、明石さんの言葉を通じて垣間見える気もする。


4.被害者と加害者

“日本国は犠牲者でもあり、加害者でもあったのです。”
(219ページ)


オバマ大統領がプラハ宣言で
「核兵器を使った唯一の国として」と明言したことについて、
インタビュアーの木村氏は
「加害者意識を初めて大統領の口から聞いて驚いた」
と述べている。

議論され尽くされ、あえてここで述べる必要もないテーマだが、

日本の歴史教育では、
「日本が犠牲者でもあり、加害者でもあった」という両面を
バランス良く教えていくことが大切だと改めて感じた。



5.国際理解とは何か。

“国連にはいろんな人間がいます。国籍も人種も、
民族も言語も、風習も違う。それこそ国際社会です。
そんななかで自分の好き嫌いにこだわっていては、
仕事なんかできません。
偏見を捨てて、障壁を乗り越えて、人間自体に触れる
ことで、新しい発見や出会いがある。
相手の気持ちの中に飛び込むこと。
それこそが紛争解決の前提だと思います。”
(本書61ページ)


明石さんが国連に入って初めて仕事をした時、
一緒のチームにペルー人の職員さんがいた。

「トイレの後で手を洗うか、前に手を洗うか」
というポイントで意見が分かれた、というエピソードが印象的である。

 このように、 
「全く価値観の違う国の人と一緒に仕事をする」
ということがどういうことかを、
明石さんの言葉は、重みを持って考えさせてくれる。
 そして、この個所は、本書で明石さんが
最も言いたかったことのひとつであろう。
 心に刻みつけたい。
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2011.09.21 Wed l 未分類 l COM(0) l top ▲