FC2ブログ
210px-Sugihara_b.jpg
▲杉原千畝さん

この記事は、下記のwebsiteを参考にして書きました。
http://en.wikipedia.org/wiki/Chiune_Sugihara

「日本史の登場人物の中で、
あなたが最も尊敬する人物は誰ですか?」

 これは、私が「通訳案内士試験」という国家試験の勉強を
していた時に出会った、忘れられない質問である。

 この質問の解答を考えた時、強烈な存在感とともに
私の心に浮かんだ人物がいる。
 その人の名前を、杉原千畝、という。


 杉原千畝さん。戦時中、リトアニア領事を務めた外交官である。
 ホロコーストからユダヤ人を救うため、自分のことを省みず、
昼夜兼行で、安全な日本への入国ビザを、
手がしびれるまで書き続け、約6000人のユダヤ人の命を救った。
 海外では「日本のシンドラー」とも呼ばれている。


 第二次世界大戦中は、世界中が狂っていた時代だ。
 ナチス・ドイツが、信じられないほど多くのユダヤ人を虐殺し、
日本人もまた、軍国主義の下、アジアの国々を侵略していた。
 権力者達は、暴力と恐怖を植えつけることで、人々を操っていた。

 どんな善良な人達も、暴君の圧政の中、次第に感覚が麻痺し、
自分や家族を守るために仕方なく、独裁者の奴隷と化していた。
 そんな中にあって。

 下手をしたら、酷い処罰が待っているかもしれない。
 日本とドイツは当時、同盟国であり、
ホロコーストを邪魔するようなことを、日本人の外交官が
やって、許されるはずなどなかった。それにもかかわらず。

 世界中が狂っていた中、理性と良心を失わずに、
彼は、ユダヤ人を救うために、ビザを書き続けた。
 それは、彼が如何に強い不屈の信念を持ち、
断固たる決意で生きていたかを物語っている。


 千畝さんをつき動かしていた原動力は、一体何だったのだろう。
 それに関する、私の考えを綴ってみたいと思う。

 私は、千畝さんを動かす原動力は、二種類あったと考えている。

 一つは、キリスト教徒としての信仰心である。

 プロテスタント系のクリスチャンとして洗礼を受けている彼は、
生前、ユダヤ人へのビザの執筆に関して、次の言葉を残している。

「私のしたことは外交官としては間違っていたかもしれないが、
 人間としては当然のこと。
 私には彼らを見殺しにすることはできなかった 」

「私に頼ってくる人々を見捨てるわけにはいかない。
 でなければ私は神に背く」


 これは私の想像だが、彼もまた、神に救われた経験を
持っている人なのだと思う。
 自らを救ってくれた神に対して、深い信仰があるからこそ、
周囲に惑わされず、神だけをまっすぐ見つめて生きることが
できたのではないだろうか。

 Because I see Jesus in him.
 私にはわかる。千畝氏の中に、イエスの姿が見えるのだ。


 彼がビザを発行したのは、有名になりたいからでも、
歴史に名前を残したいからでもない。
 もしも彼が生きていて、ノーベル平和賞などを受賞し、
その時の出来事についてインタビューされたならば、
彼は、きっとこんな風に答えるだろう。


「立場が違えば、私もユダヤ人の1人だったかもしれない。」

「救う者と救われる者は、人間としては対等です。」

「名誉などいらない。人として当たり前のことをしただけです。」



 さて、ここまで読んで下さった方の中には、
「キリスト教徒が人を救う話は、目新しい話ではない」
と思った方も、いらっしゃるかもしれない。


 しかし、杉原さんが多くの人の命を救ったのは、
彼が、他のどの国でもない、日本という国に生まれ、
日本の文化の中で育ってきた日本人だったたからこそ、
為せる業だったのではないか?と、私は考えている。


 彼を突き動かしていた、第二の原動力。
 それは、武士道精神である。

 武士の生き方は、常に死と隣り合わせである。
 主人に命じられたら「切腹」する・・・などといった習慣は、
西洋人から見れば到底信じられないものかもしれない。

 しかし、武士の生き方は、命を粗末にする生き方ではない。
 むしろ、弱者を守るために自分を犠牲にする時、
心に抱えている恐怖を、表に決して出さず、
勇敢に誇り高く、死に立ち向かうことを教えようとする
深い哲学であるように思われる。


 後々になって、千畝さんは、次の古い侍の諺を引用している。
"Even a hunter cannot kill a bird which flies to him for refuge."
(猟師でさえ、危険から逃れて彼のもとに飛んできた鳥を殺すことはない)


 私が文献でこの諺を見つけた時、脳裏によぎったのは
「武士の情け」という言葉だった。


 本来の武士道とは、強きをくじき、弱きを助けることであり、
恩讐と職務を超えて人間的な温かい配慮が出来る人を
立派な侍と呼ぶ。

 歴史家の中には、「武士道精神と軍国主義は全く違う。
もしも明治維新の後も、侍が生き続けていたら、
日本は太平洋戦争という名前の弱い者いじめなど、
絶対に行わなかったであろう」
と分析している人もいる。
(参考:『英語で日本を語れますか』秋澤公ニ著 )


 侍が滅びた後も、武士道精神は日本に残り続けた。
 侍の魂を受け継いだ千畝さんだったからこそ、
この立派な行為ができたのではないだろうか。

 キリスト教の深い信仰と、厚い武士道精神。
 その二つが融合し、千畝さんを支えたのではないかと、
私は考えている。


☆★☆★☆


 杉原千畝さんは、すごい語学力の持ち主だったらしい。
 英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語を自由自在に操り、
特にロシア語はネイティブ並みに上手かったという。

 また、国家公務員の地位についており、
お給料も高かったのだろう。

 しかし、今日、彼が世界中で尊敬されているのは、
語学力のせいでもなければ、お金や地位のせいでもない。
 どんなに素晴らしい能力を持っていても、
それを人を助けるために用いなければ、何の役にも立たないからだ。


 彼が尊敬される理由。それは、彼に
「一番弱い人達のために、自分を捧げる」
という、尊いヴィジョンがあったからだ。

 私は、同じ日本人として、彼を誇りに思う。
 侍は死んだ。でも、武士道精神は、今も日本に生き続けている。
 彼が命をかけて伝えてくれた福音もまた、私の中にも生き続ける。
 誇りを持って、彼のことを伝えていきたいと思う。

スポンサーサイト



2011.05.03 Tue l エッセイ l COM(0) l top ▲