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This is a poem that I wrote
on my memory from high school days.



Embrace

My friend's father passed away.
He was still young.


I went to his funeral with my high schol classmates.
Everybody was silent
Knowing no words to say, all the way.


My friend looked so small.
Her shoulders were trembling.
Swollen eyes, no smiles.
I could tell how deeply she was hurt.


I tried to say something.
But every word I thought
Evaporated in the air.
How can I cheer her up at this time like this?
I felt myself so weak.


Suddenly, one girl next to me
Walked toward my friend.
She embraced her.
She embraced her without any words.
My friend embraced her back.


The two girls embraced each other for a long time.
while I was standing there frozen.


Maybe the girl knew the same pain as my friend's.
I didn't know her pain.
In this world,
Many people have kindness,
But few people have strength.

Arms to reach out
To embrace your friend in heartache.
If those strong arms are called "love",
You have to know pain to get it.


Until yesterday, I knew no pains.
But I will never be afraid of getting hurt.
I will never see the sky in the same way.
Because I choose this way to embrace true love.



Embrace(日本語訳)


友達のお父さんが亡くなった。
まだ若い人だった。


高校のクラスメートと一緒に、お葬式へ行った。
道すがら、みんな、無言で
言葉がみつからなかった。


友達の姿は、とても小さく見えた。
彼女の肩は、ふるえていた。
泣きはらした目。消えた、笑顔。
どんなに彼女が傷ついているか、わかった。


何か言おうとしたけれど
頭の中に浮かんだ言葉は
全て蒸発してしまう。
だってこんな時、どうやって彼女を励ませばいいの?
自分は本当に無力だと感じた。


その時だった。私の隣の女の子が
彼女の方に歩いて行った。
彼女は、友達を抱きしめた。
何も言わずに、友達を抱きしめた。
友達も、彼女に答えて、抱きしめ返した。


二人の少女は、長い間、抱き合っていた。
その間、私は凍りついたように、立ち尽くしていた。


多分、彼女は、友達と同じ痛みを知っていたのだと思う。
私は、彼女の痛みを知らなかった。
この世界では
優しい人はたくさんいるけれど
強い人は本当に少ない。


苦しんでいる友達に差し伸べて
力強く抱きしめる腕。
その名前を愛と呼ぶのならば
それを手に入れるためには、痛みを知らなければならない


昨日まで、私は、痛みを知らなかった。
でも、これからは傷つくことを恐れない。
同じように空を見ることは、二度とないだろう。
だって私は、本当の愛を抱きしめるための道を選ぶから。
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2011.03.16 Wed l l COM(0) l top ▲
 こちらのwebsiteから、東北地方太平洋沖地震の
被災地へ、義援金を送ることが出来ます。

 私も先ほど、送りました。
 少ないお金ですが、少しでも役に立てたらいいです(>_<)

「グルーポン」 地震義援金を送金
http://www.groupon.jp/

 In time like this, let's get together
and pray for each other!!

 Love and Peace.

2011.03.12 Sat l その他 l COM(0) l top ▲
norwegian wood


 Reading is like a jounery.

 You go to the different world from the reality,
meet new people, discover something new
that can change your life.

 If reading a practical how-to book
is compared to a package tour,
a true literature is like a solitary journey.


 A package tour is really convenient.
 Somebody else(a travel agent) makes your plan,
arrange your schedule so that you can visit
every famous place.
You only have to obey what the itinerary
and the tour guide says.


 On the other hand, as for a solitary journey,
you have much freedom but as much responsibility.

 You can go anywhere you like.
As you're not pressed for time, you can stop by
at a certain place and stay there
just because you find it to be confortable there.
And nobody will tell you where and what time
to come back.

 Your itinerary is almost blank.
You have a destination, but the process is unsettled.

 I don't mean one type of tour is right
and the other is wrong.
 I know both types of tours are elements of our life.

 And I strongly feel that Haruki Murakami's
"Norwegian Wood" is the typical one of
the latter type, a true literature.

 It gives us a rich story, sometimes ask us
a question, but doesn't give a clear answer.
The story has a blank space, which we can
occupy with our imagination.

 By the way, I'm now reading "The Book of Tea"
by Okakura Tenshin.

 Referring to the Japanese tea house, he says;

"The empty space can accept everything.
That's why it's almighty."


 Doesn't this passage also apply to literature? :)

 ★☆★☆★☆★☆

 本を読むことは、まるで旅のようだ。

 日常と異なる世界に行き、新しい人に会い、
新しい何かを発見して帰って来る。
それが、人生を変えることもある。

 もしも、実用的な「ハウツー本」を読むことが
パック旅行にたとえられるとしたら、
真の文学を読むことは一人旅に似ていると思う。

 パック旅行は便利だ。
 誰かほかの人(旅行会社の人とか)が計画を作ってくれ、
有名な場所を全て訪れられるように手はずを整えてくれる。
あなたがすればいいのは、ただ、旅行の予定表と
ガイドに従うことだけ。

 対して、一人旅は自由だが、それだけ責任が伴う。
 行きたい所はどこへでも行ける。
 時間に押されているわけでもないので、
気に行った場所にいれば、好きなだけそこにいられる。

 誰も、「何時にどこまで集合して下さい」と
指示してくるわけでもない。

 旅行の予定表はほとんど白紙で、
目的地だけがあるものの、プロセスは自由である。


 私は、何もパック旅行が間違っていて、
一人旅が正しい旅行だ、などということが
言いたいわけではない。
 両方とも、人生の要素を表していることは
良く分かっているつもりだ。

 そして、村上春樹氏の「ノルウェイの森」を読んで
強く感じることは、
この本こそ、まさに上記で述べた「一人旅」、
つまり、典型的な文学作品だということなのだ。

 この作品は、私達を魅力的な物語で魅了し、
ある時は私達に質問を投げかける。
しかし、明確な答えを示しはしない。

 物語の中には、ブランクな空間が存在し、
その空間を埋めるのは、私達の想像力に他ならない。


 余談だが、最近、岡倉天心の“The Book of Tea”
(茶道についての本)の日本語訳を読んでいる。
 茶室について、天心がこのように述べている。

「虚は全てを受け入れることができ、それゆえに万能である。」

 この一節は、文学にも言えることではないだろうか?:)
2011.03.05 Sat l 未分類 l COM(0) l top ▲