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 今日は、書評とも映画・音楽評論ともまったく関係のない記事を書こうと思います。


 以前から、いろいろと思う所があって、どうしても実行したいと願っていた
ボランティア活動がありました。
 癌や白血病などの病気の治療薬の副作用で、髪の毛をなくしてしまった
子供達のためにカツラを寄付しているボランティア団体があるのですが、
私の髪の毛を、その団体に寄付したいと思っていたのです。

 私が普段、当たり前だと思って感謝したこともないものを、必要としている人がいる…。
 それを知った時、自分のできる小さなことでいいから、何か役に立てればと思って、
先日、40センチくらいのロングヘアを、バッサリ切って、下記の団体(アメリカ)に寄付しました。
 私の髪の毛は、またいつかは伸びる。
 …もう一度背中につくくらい長く伸ばしたら、その度にバッサリ切って、
死ぬまで髪の毛を寄付しようと、心に誓いました。
 自分のためだけではなく、誰かのために髪の毛を綺麗に伸ばそうと思ったら、
お手入れの気合も全く違ってきますよね(^-^)vv

“Locks of Love”
http://www.nexxus.com/locks-of-love/index.html


 そのことをmixiのブログに書いた所、友達から予想以上に大きな反響が。

 「そんな素敵な活動をしているボランティア団体があるんだね!!」
という反応はもちろん、
 「私もぜひ寄付したい!!」という人もたくさんいました。
 また、
 「寄付をしたいのに、ホームページが全て英語で書かれていて、意味が全くわからない!!」
という声も寄せられました。

 そこで、この場を借りて、この活動の宣伝をさせていただくと共に、
“Locks of Love”への髪の毛の寄付の仕方を、日本語に訳してみました☆





アメリカのフロリダ州の団体“Locks of Love”へ髪の毛の寄付をしたい人へ

寄付の仕方

①寄付できる髪の毛は、10インチ(25センチくらい?)以上で、染めたことのない髪。
②髪の毛は、ゴムで一つに結ぶか、三つ編みにします。
③ゴムで結んである所の少し上に、ハサミを入れて、切ります。
 (この辺は、ホームページに分かりやすい動画が出ているので、そちらを参考にしてください♪)
④切った髪の毛の束は、透明なプラスティックのケースに入れます。
⑤そのプラスティックのケースを、封筒に入れます。
 封筒には、自分の名前と住所が書いてある紙も入れておきます。
 (匿名で寄付したい人は、必要なし)
⑥2925 10th Avenue N, Suite 102
 Lake Worth, FL 33461-3099, USA
 という宛先まで、それをエアメールで郵送します。 (私の場合、670円でした。)

※これは、団体のホームページに書いてあったことを私が(大ざっぱですが…)訳したものです。
 質問がありましたら私までお願いします。

 団体のホームページはこちらです。
 http://www.nexxus.com/locks-of-love/index.html



 最後に、この活動をしていた時、私の心の中にふっと流れてきた曲が、この曲でした。

 大好きなこの曲の歌詞の一部を紹介しながら、今日の日記を終えたいと思います。
※こちらで、ライブ映像も見られます♪
 http://jp.youtube.com/watch?v=b0sBkgzedNw



♪“GIFT” by BLUE (※作曲は槇原敬之さん。英語の詩を和訳したのは私です)


 欲しいものを すべて手に入れたのに 
 心の中は空虚で仕方がない
 君にもそんな日があるだろう

 そんなある日 一人の天使が舞い降りてきたんだ
 彼女は君の持っている物を とても欲しそうにしていたけれど
 怖くてなかなか 君に言い出すことができずにいた

 そこで君は勇気を出して 彼女の手を握って
 愛を贈ることによって ちょっぴりいい人間になれた気がしたんだ

 “贈り物”-それは 自分が受け取ったよりも多くのものを
 誰か他の人に与えることで 初めて手に入るもの
 それが幸せになるための一番の近道なのだと 君は学ぶだろう
 何かを手に入れるたびに 君は息苦しくなるだけだけど
 大切なものを 誰かにあげてしまうことによって
 君は 君が探している一番大切な物を見つけることができるんだよ

 君は とても 大切な 大切な 大切な 大切な人
 君は とても 大切な 大切な 大切な 大切な人…


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2008.02.21 Thu l 未分類 l COM(1) TB(0) l top ▲
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 There are some people who say, "Slavery is better than battle."
But who wants to live as a slave?
I say, "Give me liberty, or give me death!!


★★★★


 冒頭のスピーチは、中学2年生の時に英会話の授業で暗唱した、
アメリカ建国時の政治家、パトリック・ヘンリーによるもの。
 リズミカルな名文なのもあって、 今でも覚えてます。


 「我々はイギリスの属国ではない。自由をくれ、さもなくば死を!!」
 パトリック・ヘンリーの渾身の叫びは、アメリカ大陸に渡った新移民達全員の本音の
代弁に他ならない。新移民達の不満は募りに募って、ついに独立戦争が勃発する。
 自由のため。平等のため。理想的な世界を勝ち取るため。
または、愛する家族や国を守るため…。
 そんな美しい理由のために戦わなければならないと考えれば、
どんなに優しい人だって、何の迷いもなく戦場へ行けるのかもしれない。
 だけど、自分と同じように愛する家族を持つ、心の通った人間を前にした時、
たとえ敵兵だろうと、私達は本当に、その人に対して銃を向けられるのだろうか?
 彼らや自分の命を犠牲にしてまで、守らなければならないものなんて、
この世にあるのだろうか。
 あるとしたら、そんなもの、いったい何を意味するのだろうか・・・。

 生まれた時から戦争が好きな人なんて、本来いないはずだ。
 それなのに、どうして世界から、戦争がなくならないのだろう。
 武器商人が儲かって経済が発展して好都合だから? 
 「正義が勝つ」のではなく、「勝った者が正義」だと本気で考えている愚かな支配者が
たくさんいるから?
 他人を信じられない人間が恐怖に駆られ、他人を傷つけることでしか安心を
得られないから?

 一週間この本を読みながら、通勤の往復時間に考えたけれど、
「なぜ世界から戦争がなくならないのか」、その決定的な答えは出ませんでした。


 『永遠平和のために』は、偉大な近代哲学者カントが、「恒久の平和とは何か?」という
テーマについて執筆した、短い覚書のような本。
 彼が世界史上初めて、国際連合の必要性を主張した人だというのはわりと有名なお話だけど、
この本には、はっとして目を見張るような一節が、たくさんあってびっくりしちゃいました。
 例えば。

「その5 いかなる国も、よその国の体制や政治に、武力でもって干渉してはならない。」
<ふむ。みんなこれを読んだら、アフガニスタンやイラクに空爆を行った、
どこかの国の大統領を思い浮かべると思います。


「その2 国家は(それぞれが占めている土地などのような)所有物でも財産でもない。」
<カントの生きていた時代は、植民地政策や帝国主義が全盛期を迎えるちょっと前くらいかな?
あちこちで奴隷売買も行われていて、それに対して疑問をさしはさむ人も、
当時はあまりいなかった時代。
 戦争で勝った者たちが、負けた者たちに「お前たちの土地をよこせ」と言う。
だけど、その土地って誰の所有物なの?
 何でもお金や武力で買えると思ったら大間違い。人間は神にはなれないのだから。
傲慢な支配者たちに、そんなことをカントは警告していたんじゃないかな。
 それって、その当時は誰も言えない一言だったと思うから、なかなかすごいことだと思う。
 余談ですが、同じようなことを指摘した有名な格言に、
こういうネイティブ・アメリカンの言葉があります。→
http://www.geocities.jp/palace_of_rita2005/reading2005-cry-for-the-moon.htm
 
「その3 常備軍はいずれ、いっさい廃止されるべきである。
…ただし国民が期間を定め、自発的に武器を持って訓練し、みずから、また祖国を
他国からの攻撃に備えることは、まったく別のことである。」

<ワーオ!!
 これは、日本の自衛隊の予言ですか? それとも、日本国憲法は、元々カントの思想を元に
作られたのでしょうか?
 と、いうわけで・・・


「補足二 戦争に備えて武装している国は、大いなる平和の可能性に向けての
哲学者の言葉に、耳を傾けなくてはならないということ。」
<哲学って、儲からないよね。
 少なくとも、政治経済や、実利的なことに直結する学問ではない。
 でも、利益を生み出す目的ではなく、ただ一人で何かのテーマについて沈思黙考するという
作業は、人間を一番人間らしくするし、賢くするんじゃないかな。
 カントは、毎日森を散歩しながら、考え事をするのが日課だったらしい。
「孤独は人を賢者にする。」・・・これは、私の尊敬する叔母さんの言葉です。


「言葉と宗教は、自然が民族の混合をとどめ、分離しておくための二つの手段である。
そのちがいのもとに、互いに憎しみ合い、戦争の口実ともなるが、それが文化を引き上げ、
より広い調和へと人間を近付ける。」

<そうだよね。そんな風に前向きに考えたい。
 大好きな私のおじいちゃんは、日本神道の熱心な信者だけど、聖書を始めいろんな宗教に
関する本をよく読んでいるし、
「どの宗教の神様もすばらしい。みんな大切だよ」と、いつも言っている。
世界中の宗教を持つ人が、みんなおじいちゃんみたいに考えてくれればいいのに。


「永遠平和は空虚な理念ではなく、われわれに課せられた使命である。」
<「平和ボケ」という言葉がある。
 現代日本は戦争のない良い国になったはずなのに、「国民が平和ボケしている」と
よく批判される。
 それじゃまるで、「平和」が人をダメにするような言い方に聞こえるじゃないの
 この世に戦争が存在してた方が、平和のありがたみが分かるということ?
私達に平和の素晴らしさを気づかせるために、世界各地から戦争がなくならないの?
 ・・・そんなのあんまりだよ。

 「人は一人一人違う。異なる考え方を持つ者なら、ぶつかり合って当たり前。
戦争はなくなるはずがない。」
・・・耳を澄ませると、そんな皮肉が聞こえる気がする。
 確かにそれも真実なんだよね。
 でも、攻撃された時に防衛のために立ち上がることと同様、
黙ってひたすら耐えるということも、勇気なのだと思う。
 怒りに我を忘れて破壊行為をしてしまいそうになる寸前に、
自分をぐっと抑えられる。そうやってバランスを取る生き方は、
真に人間らしい理性を持った人だけが、できるんじゃないかな。

 「平和は理想じゃない。人間の使命だ」
 そう断言できるカントという哲学者は、志の高い、かっこいい人間だと思います。

 きっと原文は複雑で難しいのだろうけど、
「16歳からの平和論」というキャッチコピーがついているだけあって、
平易な言葉で書かれていて読みやすかったです。
 沈思黙考させる哲学書。これからも思い出す度に、何度も読み返したいです。
2008.02.19 Tue l ノンフィクション l COM(0) TB(0) l top ▲
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Sometimes, I want to shout life is tragical and not fair.
It's so heartbreaking when I think of what happened at the end
to Neil and Mr. Keating.
They are adorable, affectionate, love to be free,
maybe were just too pure and fragile to survive the pressure from the reality.
They are loved by everynody. They did nothing wrong.
So how come it had to happen?
...Unfortunately, (I don't want to think that way, but) that is life.
This story is a fiction, but sounds so realistic to me.

One thing I have hope for is that the boys got stronger through this sad experience.
Education is not just giving useful knowledge and skills.
Humans are not machines. We have free souls. Nobody can enslave us.
Teachers' job is to help students to learn how to grow up without adults' hands.
In this respect, I think Mr. Keating had succeedd in instructing his boys
to get independent and stand up on their own feet.

"...Yes, you are okay. Nobody can steal your inner strength.
Everything is gonna be okay. Don't despair."
I couldn't help talking to them in my heart.
Now that I've become much older than the boys, I'm able to tell that.

There are many things you cannot understand or cannot forgive in life.
But we have strengh to face the sorrow, overcome despair,
and stand up for what is truely important to you.

One of the greatest masterpieces.
2008.02.18 Mon l 小説 l COM(0) TB(0) l top ▲
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「日本という国は、どこへ行ってもきれい。
 ところが香港という街は、適当にきれいで、適当に汚ない。
 だから、住んでいてすごく人間らしい。」


 偶然見ていたテレビ番組で、あるジャーナリストが香港を評して言った言葉です。
 あまりにも上手いことを言うので、思わず唸ってしまったほどでした。

 父の仕事の都合で、幼少時代を香港で過ごしたため、
私にとってこの町は、日本に次ぐ第二の故郷のような場所。
 大好きで、その魅力を深く知っているつもりでいて、
実は何も分かっていないような、神秘的な存在。
 「自分の原点、育った場所を深く知りたい」と、いつしか無意識のうちに祈るようになり、
そんな時、友人がこの本を紹介してくれました。
 この本に出会えた縁を貴重に思うと同時に、心から感謝しています。


 本書は、ノンフィクション作家であり、学生時代に一年間、中文大学(子供の頃、家族と散歩しました)に
留学した経験も持つ著者が、香港の中国返還の瞬間(1997年7月1日)を体験するため、
2年にわたって香港で暮らした日々を綴ったノンフィクション。
 ただでさえ多面的で、まとめるのが至難の技に違いないこの町の様々なワンシーンを、
ピタリとくる言葉で言い当て、キレのいい文体でグイグイ読ませていきます。
 言葉に命が宿るってこういうことなのかと思うくらい。
香港に生きる人々の息遣いが伝わってくるような、錯覚に捉われます。


 私が印象的に感じたエピソードには二種類あって、一つは「今まで自分が知らなかった香港」、
もう一つは「自分がよく知っている香港」を発見できたものでした。
 前者において最も心に残っているのは、返還が決まってから、香港の政治が中国の支配下に
置かれることを嫌って、海外へ移住した香港人の行く末の話。
 中文大学(日本の「東大」のような存在)を卒業したエリート(筆者の友人)が、
カナダに脱出したものの現地で人種差別に会い、芝刈りのような肉体労働しか職もなく、
夢破れて香港に帰ってくるという、シビアな話が冒頭に出てきます。
 香港の人って、イギリスの植民地支配に(当然だけど)批判的で、
私の家の近所でもよくデモが行われていたけれど、返還が決まると、「今度は中国が嫌!」と
海外に脱出し始めたので、
幼かった私達にはその辺の事情が理解できませんでした(笑)
 「なんで?香港が元の持ち主の中国に返ってくることは、
いいことなんじゃないの?どうしてなの、お母さん?」
と質問するんだけど、母の説明がよくわからず混乱したっけ(^^;

 共産主義や文化大革命のことを知ったのは、日本に帰ってきてからのことだったけど、
海外に脱出した香港人の全てが上手く時代の波に乗って成功したわけではないことを、
初めて知りました。
 また、植民地時代にイギリス政府が福祉に全く力を入れなかったため、
世界中からキリスト教会が香港にやってきて、病院・孤児院・老人や難民の収容施設を立てた
という話も、初耳。
 街なかで見かけたシスターは、そういう目的で来ていたのかぁ。


 一方、「なぜか理由はわからないけど、中国的な文化が好き」という星野さんの感覚は、
そのまま私が持っているものと同じだと直感で分かりました。
 もちろん私は「外国人」として、「お客様」的な身分で香港に住んでいたにすぎず、
しかも両親が全てをお膳立てしてくれた安全空間でノホホンと、真の海外生活の苦労など
知らなかったわけですから、
「香港に暮らすことを理解しています」なんて偉そうなことは言えないのですが(^^;
 それでも、物心ついてから生きていた香港から、初めて日本にやってきた時は、
原因のわからない違和感を感じました。
 その違和感の正体が、この本を読んで初めて分かった気がします。
 以下、星野さんが指摘し、かつ私も大いに共感してしまった、
香港文化を決定づける3要素。


①The more, the merrier.=大勢の方が楽しい
 香港には、「うるさくてにぎやか」なことを良しとし、大勢で過ごすことを重んじる文化がある。
(詳細は本文198ページ) 
 家族や友達を大切にし、困った時に助け合おうとする精神も、日本よりやや強め。
 …なるほど、確かに中華料理って、大人数で丸テーブルを囲んで、みんなでお箸でつついて
食べるものね。
「古池や蛙飛び込む水の音」という俳句を生んだ、沈黙を愛する我が国とは、そう言う意味では
対照的かも。
 日本人は丁寧だけど、「相手に迷惑をかけたらどうしよう…」と深く考えすぎるあまり、
時に遠慮してしまいがちですよね(>_<)


②今を生きる!!
 日本と違い、香港では経済的にも政治的にも、今日と同じように明日が来るとは限らない。
文字通り「一寸先は闇」の毎日。
 多少の事故や誤算で動揺している暇があったら、がむしゃらに進んだ方が合理的。
 逆境は跳ね飛ばせ!成功率が低くても、安全でいられる保証などなくても、
やってみなければわからない。とりあえず、進むしかない。

 …こういう気合と勢いは、香港に限らず、急速に発展している国(昔の日本もそうだったのかな…。)
では、必ず見られる光景なのかもしれない。
 この「今を一生懸命生きよう」というエネルギーが、あの街をはちきれんばかりに満たしていたことを、
今更ながらに実感。

③自分の文化(=食文化)が一番!
 「国籍も出身地も言語も育った環境もバラバラの香港で、人々を一致団結させるだけの求心力を持つアイデンティティーは、唯一「食」に対する自信。外国に溶け込もうなんて、最初から考えてないんだ。」
(本文288ページ)


 ふむふむ。海外の文化を上手く取り入れることにも熱心な町でしたが(日本のアニメや
ファッション、イギリスのティー文化)、
これだけは誰にも負けない!譲らない!!…と香港の人々が口をそろえて断言できるのが、
食文化なんですよね。
 香港人と一緒にレストランに行くと、メニューを開いて何を注文するか議論するのに
平均30分はかかる…というのは体験済み。
 みんな、食べ物に関するこだわりがすさまじいので、議論は真剣、誰も妥協しない。
 香港にいた頃、私の両親もよく、店員さんに「こういう料理を食べたいのですが…」
と丁寧に説明し、納得できるご飯が運ばれてくるまで、精いっぱい努力していました。
 お父さん、お母さん、すごいなぁ~~、と、ボーっとしながら見ていたけれど、
日本に帰ってきたら、そんなことしなくなっちゃって、アラ不思議(笑)。
 しかし、何であるにせよ、自分の国、自分の文化が一番!!と言えるものが一つでもあるって、
素晴らしいことですよね


 最後に、タイトルについての感想です。

 初めてこのタイトルを目にした時、思い浮かべたのはもちろん、
“A rolling stone gathers no moss.”(転石、苔を結ばず)
という諺だったんですけど、これ実は、
「君が代」の歌詞とも、かけていたんですよね。
 つまり、「君が代は千代に八千代に、さざれ石の巌となりて苔のむすまで」安定した世を望む日本と、
常に猛烈なスピードで変化をし、過去を振り返らず明日へ進む香港を、
鮮やかに比較して見せていたのです。
 それに気がついた時、「やられたー!!」と思っちゃいました(笑)
 タイトルに始まり、タイトルに終わる。たった数文字で、筆者のあふれ出す渾身の思いを
全て受けとめ凌駕する、そんなインパクト大なタイトル。久しぶりに出会いました。


 古い記憶、思い出を大切にする情感も。
 変化を怖がらず、逆境に向かって突き進む勇気も。
 日本も香港も大好きだから、私は、両方手に入れたい。
そんな風に願ってしまうのは、欲張りかな?(笑)


 香港が好きな人も、あまり今まで興味がなかったという人も、
お気軽にコメント下さい♪
2008.02.02 Sat l ノンフィクション l COM(0) TB(0) l top ▲