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 先日お友達と、大好きな漫画「はじめの一歩」についてお喋りをしていた時のことです。

 「私、一歩のお蔭で、英単語をいっぱい覚えられたの
ヴォルグさんの台詞で、ロシア語にも興味を持ったし…」
と私が話したところ…。

 「え~!!普通の人は、ストーリーやボクシングが面白いと思うことはあっても、
英語やロシア語に興味を持つことは少ないと思うよ!!
 Ritaちゃんの視点は独特なんだねぇ」
と、爆笑されてしまいました。そうかなぁ?(笑)

 でもホント、一番夢中になって「一歩」を読んでいた中学・高校時代、
この漫画のお蔭で印象付けられた単語は、数知れず。
 ピーカブースタイル(peekaboo=いない・いない・ばあ)、フリッカー(flicker=揺れる、
ぶれる)、クロス・レンジ(close range=至近距離)、ガゼル(gazelle=カモシカ)、ジョルト
(jolt=衝撃により吹き飛ばす)、コンセントレーション(concentration=集中力)などなど、
例をあげればキリがないほどです。


 ところで、社会人になってからも、こんな所で「一歩」が役に立っちゃいました。
 アメリカの週刊誌"Newsweek"を読んでいた時のこと。

 "Many people will second that."という一文が出てきました。
 「ん?secondの動詞形って、どういう意味だったっけ…?」

 文脈的に、supportとかendorseとか、「賛成する」系の意味かなぁ~と思ったのですが、
辞書を取り出す直前、あるインスピレーションが。

 「あっ!! ボクシングの試合の“セコンド”!!」


 secondって、「2番目の」や「秒」という意味は、みんな当たり前に知っていると思うけど、
「支持する、サポートする」という意味では、あまり学校で教えてもらえないと思うんです。
 でも、私達の日常にも、こんな所で溶け込んでるんですね!!
 セコンドで鴨川会長や八木さんが、一生懸命支えになってくれるからこそ、
一歩くんは頑張れるんです


second(動詞形)
 …(提案・動議など)を支持する、採択することに賛成する
                   ~『ジーニアス英和大辞典』~


 「一歩」がきっかけで、ロシア語にも興味を持ちました。
 今度はロシア語をテーマに、ブログが書けたらいいな
ロシア語の勉強もがんばります

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2008.01.31 Thu l 英単語・語源 l COM(0) TB(0) l top ▲
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 今年のお正月、旅行で初めて上海を訪れました。
 その時から中国の大ファンになってしまって、手に取った一冊です。

 大正10年3月下旬~7月上旬まで、およそ4ヵ月に亘り、
上海・南京・九江・漢口・長沙・洛陽・大同・天津等を遍歴した芥川龍之介が、
政治、文化、経済、風俗ほか、当時の中国の世相を鮮やかに描写したエッセイ。
(出版社からの内容紹介より)
 
 芥川龍之介氏が、旅行エッセイを書いていること自体知らなかったし、
彼がこんなに茶目っけたっぷりな語り口の作家さんだなんて考えもしなかったので、
新鮮でした♪

 世界中各地から人々が集う国際経済都市・上海。
その熱気、街の人々の息遣いさえ聞こえてくるような描写に、ぐいぐい引き込まれました。
 一方では、田園の風景描写も、息をのむほどきれい。
筆者が、「ヴェニスのようだ」と形容する蘇州、揚子江の描写などが、特に印象的。

 …と同時に、筆者が長年抱き、ほとんど美化してきた「中国に対するイメージ」が、
ことごとく壊されていく所も、ユーモラスに描かれていました(笑)
 たとえば、田舎地方の「風光明媚」に心洗われるひと時、
美しい湖に「立ち小便」をするオジサンを発見したり、
芝居を見た後で舞台裏の楽屋を訪問した時、
美しい顔立ちをした役者の青年が、「横を向くが早いが、
深紅に銀糸の繍をした、美しい袖を翻して、見事に床の上へ手洟をかんだ」
(本文36ページ)り…(笑)。
 なかなか衝撃的な光景を見つつも、芥川氏はやっぱり上海が好き。
 お店で食事をしている時、ついつい上海美人のお嬢さんに目が向いてしまったり(笑)。
 上海の人間を観察するのが大好き。その温かい愛情が伝わってきます。
 中でも、いくつか面白かったエピソードを紹介してみます♪

ハングリー精神全開!!働く人々。
 本文13ページ、馬車の御者と村田君(筆者の友人)の口論シーン。
馬車を降りて、村田君は何文か銭をやるものの、御者はそれでは不足だと見えて文句を言い始め、
激しい口げんかになってしまう。が、結局、村田君は知らん顔で無視。
「その時もう一度振り返ってみると、御者はもう何事もなかったように、
恬然と御者台に座っている。その位なら、あんなに騒がなければ好いのに。」

…こういう風に、商売が上手くいかなくてもきっぱり諦め、また次のお客に向かって
全速ダッシュする所、中国の働く人々のエネルギッシュさを上手く表している気がします。


小鳥屋さん
 茶館の天井にぶらさがる鳥かごと、小鳥たちの声のエピソード。(本文28ページ)
 星野博美さんのエッセイ『転がる香港に苔は生えない』にも、香港の町と小鳥のさえずりの
深い関係を描いた一節があった。中国の人は小鳥好きなのかな?


芝居
 「支那の芝居の第二の特色は、極端に道具を使わない事である。
 …しかしこれは日本人だと、能という物を知っているから、
すぐにそのコツを呑み込んでしまう。」 
(本文32~33ページ)

 …なるほどね。私は能を見たことがないので何とも言えないけれど、
落語家さんが扇子を箸に見立てて蕎麦を食べるフリをしたりする、
あの演技力はすごいもんなぁ。それと似たようなものかしら。


章太炎先生
 袁世凱を悩ませた政治家だという、章太炎先生へのインタビューから。(本文38ページ)
「現代の支那は、政治的には堕落している。
…しかし支那の国民は、元来極端に走ることをしない。
この特性が存する限り、支那の赤化は不可能である。」

 
 ウーム。21世紀の我々から見てもこの辺の政治論は興味深い。。。


サバイバル・チャイニーズ
 「勿論不要(プヤオ)とか「等一等(タンイタン)」とか、車屋相手の熟語以外は、
一言も支那語を知らない私に議論謎のわかる理由はない。」
(本文38ページ)

 初めて覚えた言葉が「不要(プヤオ)」っていうのはね…(笑)。
 いかに芥川氏が熱心すぎる物売りの人たちにつきまとわれていたかが想像できる。


日本人
 どんなに上海が好きでも、やっぱり故郷は特別!
 ほんの小さなしおれた桜を見ただけで狂喜する、中国在住の日本人のエピソード。
(本文61ページ)
 やっぱり、“There is no place like home.”(我が家に勝る所なし)なのね。ほのぼの。




 ・・・いろいろ書いてみて、ここまでは「フムフム」と相槌を打てるエピソードばかりなのですが、
一つだけ、「え~~!!うっそぉ~~!?」と叫んでしまった部分がありました。
それが、こちら。


交通整理の行き届いた街!

 「アスファルトの大道には、西洋人や支那人が気忙しそうに歩いている。
が、その世界的な群集は、赤いタバアンをまきつけた印度人の巡査が
合図をすると、ちゃんと馬車の路を譲ってくれる。
交通整理の生き届いている事は、いくらひいき目に見た所が、
到底東京や大阪の都会の及ぶところじゃない。」
(本文13ページ)

 私が上海へ行った時、「信号が赤でも車の右折はOK」のこの街では、
横断歩道を渡っている時に普通に車が猛スピードで突っ込んできました。
怖かったよ~(>_<)
赤いタバアンをまきつけたインド人の巡査さん。21世紀の上海でも交通整理して下さい!(笑)
2008.01.21 Mon l エッセイ l COM(0) TB(0) l top ▲
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 「アンティッ!」「アンティッ!」
 ちょっとせつなくなるほど、瞳を生き生きさせている子どもたち。
帽子をかぶせてもらう。たったそれだけのことに、こんなにも飢えているのだ。
後で聞いてみると、アンティとは、帽子のことではなく、「慈悲」に近い意味の言葉だった。
 自分で歩けるぐらいの子どもたちとも、外で遊んだ。
ひょっとだっこをしてあげると、ぴたーっとしがみついてくる。
帽子と違って、次々と、というのがむずかしかった。
なぜなら、抱きあげた子どもが、なかなか下りてくれないのだ。
「さっ、おしまい」と地面に戻してやろうとすると、木にしがみつく蝉のように
必死で手足をからめてくる。

   抱きやれば 爪立てるほどしがみつく 孤児の感触 重く残れり

 愛情の絶対量が足りない、ということを痛く感じつつ、いっぽうで、
彼らは確かに愛されているんだな、とも思った。そうでなかったら、
こんなに素直に無防備に、人の腕の中にいたいと思わないだろう。
シスターやボランティアの人たちの、日頃からの子供への接し方が、
たとえ時間は短くとも、愛情に溢れたものなのだろう。

                    ~俵 万智 『ある日、カルカッタ』より~




 歌人の俵万智さんが、カルカッタのマザー・テレサの施設を訪れた時の手記です。
 子供達の屈託のない素直さ、人懐こい笑顔が目に浮かんでくるようで、
なぜだかまぶしくなりました。

 Love makes you alive.
 愛が、あなたを生かしてくれる。
 今あなたが生きているということは、誰かに確かに愛されているという証拠…。

 愛を紡ぎ、与えられる人になりたいです。

2008.01.19 Sat l エッセイ l COM(0) TB(0) l top ▲
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 『サラエボの花』/ヤスミラ・ジュバニッチ監督・2006年 ボスニア・ヘルツェゴビナ

 物語の舞台は、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都、サラエボ。
 シングルマザーのエスマは12歳の娘サラとつましく暮らしている。
 サッカーに加わり男子生徒に殴りかかる男まさりのサラの一番の楽しみは、
もうすぐ出かける修学旅行。
 戦死したシャヒード(殉教者)の遺児は旅費が免除されるというのに、
エスマはその証明書を出そうとしない。
 かわりに夜勤のウェイトレスまで始める母に、サラの苛立ちは募るばかりだ。
 娘の怒り、母の哀しみーー12年前、この町でなにが起こったのか。
娘への愛のために、母が心の奥深くひたすら隠してきた真実が次第に明らかになってゆく・・・。
☆公式サイト: http://www.saraebono-hana.com/# 



 ボスニア・ヘルツェゴビナには、
○ムスリム人(イスラム教徒・人口比44%)
○セルビア人(セルビア正教徒・人口比31%)
○クロアチア人(カトリック教徒・人口比17%)
の三民族が暮らしている。
 民族と宗教が複雑に絡み合うこの国で、1992年に紛争が勃発。 
95年の紛争終結までに、死者約20万人、難民・避難民200万人以上の犠牲者を出した。

 この映画のヒロイン、シングル・マザーのエスマは、この戦争でレイプの被害にあい、
男性恐怖症になってしまう。
 彼女は、娘に父親のことを聞かれても、本当のことを打ち明けられない。
 お母さんにしてみれば、娘のサラは、かけがえのない可愛い一人娘であると同時に、
レイプされたつらい経験を嫌でも思い出させられる、複雑な存在なのだろう。
 レイプで生まれた子供に対して、その子には何の罪もないのに、
嫌悪や憎しみの感情を持ってしまったとしても、仕方ない気がする。

 けれど、新しく生まれた命は、両親の意志や生まれてきた時の状況などから全く独立して、
美しく、力強く、健やかに、新しい時間を刻み始めるものなのだろう。
 自分が生んで育てて、何もかも与えてきたはずの小さな娘に、
励まされたり、生きる力をもらったりしていることに、いつしかお母さんは気づいていく。


 お母さんの心の傷も深いものだったけれど、父親についての真実を知って、
娘のサラが自分のきれいな髪をバリカンで剃ってしまうシーンが、私には一番痛々しかった。
 自分の髪の色が、父親からの遺伝で受け継いだものということに嫌悪感を感じるのは、
お母さんを思いやる優しさからなのだった。


 もしも自分が彼女のように戦争のある国で生まれて、顔も分からない兵士にレイプされ、
赤ちゃんを身ごもったとする。その時、自分はその赤ちゃんを愛せるだろうか…?
 映画を観る前、自分にそんなことを問いかけた。
 もちろん私は平和な国に生まれて、そんな辛いことを経験したことはないので、
想像で意見を言うことしかできないのだけど…。
 でもきっと、赤ちゃんのことを、心から愛せる気がする。
 だって、赤ちゃんって、みんな、すごく可愛いもの。一緒にいるだけで幸せになれる。
 この映画を演出したジュバニッチ監督の言うように、
「過去の悲劇のせいで人生を台無しにしてはいけない」んだよね…。


 ちょっと脱線するけれど、この映画を見て心の中にふっと浮かんだのが、
「ベイビー・トーク(原題:Look Who's Talking)」という映画。
あの、ブルース・ウィルスが赤ちゃんの声優をやって話題になった、コメディ映画です。
 この映画に出てくるお母さん(超美人のキャリア・ウーマン)は、
ダメ男との不倫の末に赤ちゃんを妊娠。可愛い赤ちゃんのために、父親探しに奔走する。

 赤ちゃんの本当に父親に当たる大富豪が、これまた本当に最低のダメ男。
でも、お母さんは赤ちゃんのマイキーが大好きで、いつも優しいし、すごく可愛がっている。
お母さんとマイキーが、お父さんの豪邸に殴りこみに出かけて、
値段の高い美術品を壊しまくる…というシーンは、痛快でさえあった。
 この映画を見て、「母の愛は、男への愛よりも強し」と実感した(笑)
 そう、愛は人に生きる力を与え、強くしてくれるのだ。



 その他、映画について気づいた点をご紹介します。
 ボスニア・ヘルツェゴビナという国を全く知らなかったので、文化を垣間見るという意味で
興味深い作品でした♪


ご飯にはお魚を食べることもある!
 お母さんが、サラの大好物のお魚を買ってきて、フライパンでソテーするシーンがあった。
 でも、生活費を切り詰めているせいか、お魚はサラの分一匹だけで、
お母さんはマカロニを食べていた…。

人気のあるスポーツはサッカー
 そう言えば、日本代表チームのオシム監督は、ボスニア・ヘルツェゴビナ出身!
日本もこの国の偉大な人にお世話になり、縁があったのでした。
 サラがクラスメートと元気にサッカーをするシーンが描かれている。

“Yes/No”は、「ダー」/「ニェート」。
 ボスニア・ヘルツェゴビナの公用語は、ボスニア語、セルビア語、クロアチア語だが、
3言語には方言程度の違いしかないという。サラ達が話していた言葉も、不明。
 でも、Yesを「ダー」、Noを「ニェート」と言っていたことは確か。
3言語はスラブ語族に属すらしいので、ロシア語と共通の単語もあることにも納得。
 その他、neverに相当する言葉は「ニック」と聞こえました。

2008.01.14 Mon l 映画 l COM(0) TB(0) l top ▲
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 「人間はよ、多かれ少なかれ、カナシイ思いをするために
生きてるんじゃねえのか」
                         ~『セイジ』辻内智貴~


★★★★★

 自分の人生において、映画館で観て初めて泣いた作品は、「マイ・ガール」というアメリカの映画だった。
 1972年のアメリカの田舎町を舞台に、その当時のヒット曲を巧みに織り交ぜながら、
ヴェーダ(Veda)という11歳の女の子の成長する姿が丁寧に描かれているヒューマンドラマである。

 お母さんを早くに亡くしたヴェーダは、優しいおばあちゃん・お父さんと暮らしている。
 葬儀屋に勤めるお父さんは、奥さんを亡くしたトラウマのため、現実から目をそらし、
死化粧の仕事だけに安らぎを求めるようになってしまい、
ヴェーダには向き合ってくれないので、彼女はいつも寂しい思いをしている。
 そんなある日、お父さんが同じ職場の若い女性と付き合っていることを知って、
彼女は大ショックを受ける…。

 けれど、どんな時もいつも、彼女の心の支えになってくれたのが、幼なじみの男の子、
トーマス・Jだった。
 二人だけの秘密の場所での、初めてのキス。
 しかし、ある悲しい事故で、トーマス・Jは尊い命を失ってしまうのだった…。


 私がこの映画を見たのは12歳の時だったので、物語の中で起こる出来事を
他人事とはとても思えず、特に主人公のヴェーダに、ものすごく感情移入して観てしまった。
 …若い彼女が負ってしまった心の傷、乗り越えなければならない悲しみは、あまりにも深い。
 重い。非常に重い映画だ…。
 そう感じたことを、とてもよく覚えている。

 しかし、映画を見た直後、マス・メディアの情報等から、
この映画が世間の大人達に何と言われているかを知って、幻滅することになった。
 大人たちに言わせると、こうなのだ。
「マイ・ガールは、子供の頃誰もが体験する思春期の悩みや青春を描いた、
爽やかでみずみずしい物語」…。


 そりゃあ、大人達にとっては、取るに足らないどうでもいい問題かもしれない。
 けれど、12歳前後の子供にとっては、親との関係がうまくいかないとか、
大切な友達を失う…というのは大事件で、とても重くて、切実な問題なのである。
 それなのに、「さわやかでみずみずしい物語」なんて、そんな軽い言葉で私達の心の叫びを片付けようとするなんて。
 大人たちの認識は甘い。大人って何てバカな生き物なんだろう!
子供の気持ちなんか、何もわかっちゃいないんだから!!
 …と、12歳の私はあきれたのだった。


 それから約3年の時が流れ、私は15歳になり、もう一度この映画を観る機会があった。
 驚いたことに、その時の自分は、もはやヴェーダと同じ視点では物事を見つめていなかった。
 ヴェーダはいつしか、「私よりちょっと年下の、可愛くて純粋でまだ成長途中の女の子」に
変化していた。
 そして、映画を観終わった後、自分が素直に抱いた感想に、震撼したのだ。
 その時の私はこう思ったのである。
「あぁ、何て可愛らしくて爽やかな物語なのかしら。私の子ども時代を思い出すわ」…。


 12歳の時、「あんなバカで無神経な大人には絶対になりたくない!!」と思っていたのに、
気がついたら自分が、そういう「バカで無神経な大人」に成長してしまったのだった。
 12歳の感じることと、15歳の感じることは、明らかに違う。
 人は年をとるごとに成熟していくけれど、それと引き換えに、若い頃にしか持っていなかった
かけがえのない何かを、永遠に失ってしまう。そう痛感した。


 けれど、たった一つ救いがあるとすれば、それは、
若い頃に経験した悲しみは、傷跡にかさぶたができるように、いつか癒されるということ。

 12歳の私は、トーマス・Jを失ったヴェーダがあまりにも可哀そうで、打ちのめされたあまり
悲しみに心がキリキリ痛み、一週間くらい元気をなくした。
 でも、15歳の私は違った。
「だいじょうぶよ、ヴェーダ。神様もトーマス・Jも、天国で見ててくれる。
あなたなら、きっと乗り越えられるから。」
 自分より年下の妹みたいな彼女に、知らず知らずのうちに、
励ましのエールを送っている、ちょっぴり大人な自分がいた。
 歳を重ねるごとに、 人はこんなにも強くなるのだ。


★★★★


 さて、映画「マイ・ガール」の思い出を語りながら、悲しみという感情について
考えてきたわけだけれど、
冒頭に引用した『セイジ』の、「人は悲しみを感じるために生きている」という言葉を、
私は、限りなく真実に近いと思っている。
 理論的に理由を説明することはできないが、本能と直感で、それが正しいことを感じる。
 多分それは、「幸せな出来事だけで構成されている物語など、この世に存在しない。
(存在したとしても、それはとても胡散臭くてつまらないものに違いない)」というのと、
同じ理屈なのだと思う。
 星は、空が暗くなった時にしか見えないけれど、とても綺麗だ。
 それと同様に、悲しい気持ちの時にしか見ることが出来ない綺麗なものが、
この世界にはたくさんあるのだろう。
 悲しみという感情には、何か意味があるのだ。


 「悲しみから目をそらさないことが、君の強さなんじゃよ」
 …これは、『ハリー・ポッターと謎のプリンス』で、ダンブルドア校長先生が
ハリーに向けて諭す台詞である。

 私も、悲しみに押しつぶされず、目をそらすことなく、勇気を持って生きたい。

2008.01.12 Sat l 映画 l COM(0) TB(0) l top ▲
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 前々回の日記で「恐怖」という感情にまつわるレビューを書きました。
今日は、「怒り」という感情に焦点をおいて、つれづれエッセイを書きたいと思います。


「その人を知りたければ 
 その人が何に対して怒りを感じるかを知れ」
              ~『ハンター×ハンター』富樫義博


 好きな漫画『ハンター×ハンター』からの一節です。
 これは、主人公の少年ゴンの育ての親、ミトさんが、ゴンに繰り返し言い聞かせる言葉。
 私は、この言葉はかなり真理をついていると思っています。

 喜怒哀楽のうち、「怒り」という感情は、マイナス面を捉えられがち。
 できる限り怒りなど感じない方が、良い人生を送れる…。そう思っている人も多いことでしょう。
 しかし私は、強い信念や志を持つからこそ、怒りが生まれるのではないかと思っています。
 だから、怒りを回避するのではなく、怒りの原因を探ることで、その人の価値観や人柄を読み取るということは、重要な視点なのではないかと思っています。


 今日は、「怒り」というキーワードから、私が連想した作品を、三つ紹介します。


 まず、一つ目は…。


「メロスは激怒した。」

        ~『走れメロス』太宰治



 もはや私がここで説明する必要はないでしょう。
 日本が誇る、太宰治の傑作小説の冒頭の一文です。
 たった8文字に、この小説の主題の縮図が見える気がする。
民を信じられず次々と死刑を行う暴君への、メロスの怒りが、こんなに短い一文に見事に表現されています。
 不正に対する反抗、自分が立ち上がらなければ、という使命感。
 この怒りは、「正義感の怒り」と表現したいと思います。


 続いて、次の作品です。

「いったい君はわかっているのか?
誰でも特権を持っているのだ。特権者しか、いはしないのだ」 
               ~『異邦人』カミュ~



 20世紀のフランス文学の巨匠、カミュの最も有名な小説、『異邦人』から、
クライマックスのセリフです。
 この小説は、青年ムルソーがある朝母親を亡くし、その後いろいろあって、
友人の喧嘩に巻き込まれ、人を殺害、裁判にかけられて死刑判決を下されるまでの
数日間を描いています。
 物語ほぼ全般を通して、彼の眼は冷ややかで、ほとんど無感情。
まるで第三者のような目で自らの行動を淡々と語っています。
 ところが、死刑前日、独房に祈祷に来た神父さんに対して、ムルソーは突然、
大きな怒りを爆発させるのです。
 彼の怒りの引き金を引いたのは、神父さんの
「神よ、お許し下さい。彼は、自分が何をしたのか、わかっていないのです」
という言葉でした。

 ムルソーは、なぜ激怒したのか。
 それは、神父さんの言葉に、近代人の傲慢さを感じたからではないかと、私は解釈しています。
 いかに科学技術が発展し、思い通りに生活をコントロールできるようになろうとも。
 人間が神の代りをすることなど、できません。
人間が人種などによって同じ人間に序列をつけて差別したり、
他人の人生を「幸福だ、不幸だ、可哀そうだ」などと評価を下したりする権利など、ないのです。
 当時は、哲学者のニーチェが「神は死んだ」という言葉を残すような時代でした。
それほど人々が謙虚さをなくしていた時代だったのでしょう。
 人々が神への敬いの気持ちをなくし、傲慢になっていることをカミュは察知し、
この小説を通して、我々近・現代人に対する警告を発していたのではないでしょうか。

 『異邦人』に表現される怒りを、私は「警告の怒り」と捉えています。


 そして、いよいよ最後になりました。
 三つ目は、もう皆さんお気づきでしょう。こちらです。


“Soldiers! Don't fight for slavery. Fight for liberty!
…Soldiers,in the name of democracy, let us all unite!”
(兵士たちよ!奴隷制度のために戦うのではなく、自由のために戦おう!
…兵士たちよ、民主主義の名において、みなで、一致団結しようではないか!)
             ~映画『チャップリンの独裁者』~



 チャップリンの大好きな映画からのセリフです。
 私は、大学三年生の時に初めて、この映画を最初から最後まで通して見ました。
 というのは、部活の課題で、この映画の最後の演説を暗唱しなければならなかったのです。
 演説原稿に目を通し、「ヒトラーの独裁主義への批判、平和への願い」が主題となっていることは理解できたものの、
この怒りをどう表現していいのだろうか…?と迷ってしまい、映画を見ることにしました。

 そして、この映画にたちまち夢中になりました。
 前半の、愛と笑いでいっぱいの床屋さんの日常のシーンに笑い、
中盤で、独裁者と入れ替わった床屋さんが、書斎でお尻を使って風船を飛ばすなどコミカルなことをする場面を見ては、チャップリンの勇気に大きな畏敬の念を感じ…。
 様々な伏線があって、それが一本につながり、そしていよいよ、クライマックスの
かの有名な演説シーンがやってきます。
 感動の涙が止まりませんでした。
 そして、自分がこのスピーチをする時、どのように表現すればいいのか、一発で決まりました。
 あれから8年が経ちますが、いまだにチャップリンのスピーチは、一字一句暗記しています。

 「すまない…。私は独裁者になりたいわけじゃないんだ。そんなことに興味はない。
私は、みんなを助けたいのだ。」
…そんな穏やかな語りかけから始まるこの演説。最後は、
「みんな!!奴隷制度のためじゃない。自由のために力を合わせて戦おう!!
みんなで団結しよう!!」
という、たくましく力強いメッセージで幕を閉じる。
 チャップリンの怒り。そこには、独裁者に屈せず、人々の幸福のために自分が立ち上がらなければいけないという、強い信念が集約されています。
「平和への願いから来る怒り」…そんな風に名付けたいと思います。


 自分のためではなく、人々のため、平和のために、大きな怒りを持つ人間であることは、
素晴らしいことだと思います
 高い志と強い信念を持つ人間になりたいです。
2008.01.03 Thu l 映画 l COM(0) TB(0) l top ▲
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  皆さん、明けましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いします。
 まだ始めたばかりの読書・音楽レビューblogですが、目標は、更新、週に2回! 
頑張って書きますので、お時間がありましたら覗きにいらして下さいねm(_ _)m


 さて、皆さんはお正月、何か面白いテレビ番組は見ましたか?
 私は、『のだめカンタービレ』のドラマ再放送を見て、すっかりハマっています
 原作の漫画は、長いこと大ファンだったのですが、ドラマを見たのは初めてで。。
(2006年・年末のドラマなので、ちょっと遅ればせながら、ですが・・・。)
 原作のイメージを崩さず、音楽も素晴らしくて、とてもクオリティの高いドラマだと思います。
感激です


 さて、そんな『のだめカンタービレ』の数ある名台詞、名シーンから、
今日は、私の特に好きなものを紹介します


 主人公の、音大・ピアノ科に通う「のだめ」こと野田恵ちゃんの将来の夢は、
幼稚園の先生になること。
 外見は可愛らしく、性格は奇想天外。そしてピアノがものすごく上手い彼女。
 音大卒業を間近に控え、皆が将来の進路に迷う中、何の迷いもなく幼稚園の先生を目指そうとする
のだめちゃんに、スパルタ貴公子・千秋先輩(=後に、のだめちゃんの彼氏となる人)は、
あきれて言います。

「そんなにピアノが上手いのに、おまえには、それっぽっちの夢しかないのか!?
留学して、ヨーロッパのコンクールで優勝するとか、
もっと世界の頂点に行きたいとか思わないのか!?」

 千秋先輩にしてみれば、のだめちゃんの才能を見込んで、彼女のような天才を
もっと世界に認めてほしい!!…という思いで言ったのだけど、
それを聞いたのだめちゃんは、すごく怒ってしまうのです。

 だって彼女は、音楽と同じくらい、小さい子供達と遊ぶことが純粋に好きで、 
それをずっと夢見てきたから。
 地位や名誉がほしいわけでも、世界の頂点に立ちたいわけでもなくて、
子供達と時間を過ごすことにこそ価値があると、信じていたから。
 「幼稚園の先生になる」という夢を、「そんなちっぽけのな夢」とか言われて、
いくら憧れの千秋先輩でも許せない!!言って良いことと悪いことがある!!…というわけです。

 そんな千秋先輩も、実は飛行機恐怖症のせいで海外に行けない…というトラウマを抱えていました。
「何で海外に行かないの!?そんなに才能があるのに!!」
…その言葉は、彼が周りから言われて、ずっと悩んできた言葉、そのものだったのです。

 結局のだめちゃんは、悩みに悩んだ末、千秋先輩とヨーロッパに留学することを決意するのですが、
人生の岐路に立って悩んだり、自分の価値観を否定されて憤りを感じたりする彼女の気持ち、
私にも、すごくよく分かるんだよなぁ…。
 彼女ほど才能はないけれど、実は私も、同じようなことを周りから言われて
自分のプライドを傷つけられた気がして、怒りを大爆発させて、
一人で悶々と悩んだ経験があるんです(^^;
 誰もが越えていかなきゃいけない、壁かもしれませんね。


 ちょっと変わっているけど(笑)、常に真剣でポジティブで、自分の限界を自分で作らない。
 新しい世界とどんどんつながりを築いて、自分の表現の幅を広げて、
自分の魅力を磨いていくのだめちゃんに、夢中です
 私も、のだめちゃんみたいになりたいなぁ(笑)


 新年から元気をいっぱいもらいました
 今年も皆さんにとって、素晴らしい年になりますように。
2008.01.03 Thu l 漫画 l COM(0) TB(0) l top ▲